ふきよせるかぜになびく文

根無し草の戯れ言です。労働とか文化とか。

アルタという北極星

 女性には方向音痴が多いという話を聞いたことがある。狩りに行って戻ってくる必要があった男性とちがい、家を守っていた女性は男性と比べて空間把握能力が発達しなかったという。これは科学的にも信憑性があるらしい。そういえば、縦列駐車を苦手とする女性もよく聞くので、空間把握能力における性差は確かなのかもしれない。

 ただ男性でも、新宿駅で迷子になってオロオロしたり、縦列駐車の成否はその日の調子次第という、投げてみないと状態がわからない出たとこ勝負のセットアッパーみたいな者もいる。もちろん僕のことだが、新宿はアルタが見えればこっちのものだし、最近では縦列を強いられるような場所に駐車をしない。むしろ、僕の空間把握能力の低さが問題になるのは、後ろ髪のヘアアイロンである。

 たまに美容系YouTuberのヘアセット動画を参考にするのだが、彼らは平然と後ろ髪にヘアアイロンを当てている。僕からするとこれが「技、神に入る」レベルのテクニックに見えるのだ。

 適量の毛束をつまみ取り、それをヘアアイロンに挟み込んで、望むような動きを髪につけていく。それを感覚だけでやる。動画を見ながら、TVでやっていた遠隔操作の外科手術を目の当たりにしたときと同じ深さのため息が出てしまう。彼らの祖先は質のいいイノシシのためなら2、3個、山を越えていたに違いない。ルービックキューブも易々と完成させるのではないか。僕のように、得意な友達に完成してもらった六面体を「もったいなくて壊せない……」などとオブジェ化させることもないはずだ。

 そう、僕の空間把握能力の低さは今に始まったことではないのだ。小学校の調理実習で、エプロンの紐を後ろで結べたことがない。いつも誰かに世話を焼いてもらっていた。もっとも、僕と同じようにエプロンの紐を結べない男子はたくさんいた。かたや女子は自分で難なくやっていた記憶がある。

 そう考えると、必ずしも女性の空間把握能力が低いとは言えないような気もする。ヘアアイロンだって、おそらく女性の方がする人は多いし、ネックレスのチェーンやブラジャーのホックなど、女性は日々ノールックの作業を求められている。

 GPSの発達で、地図を正確に読む機会は減り、車の電装化が進めば縦列駐車に苦労することもなくなるだろう。やがて男性の空間把握能力が退化し、ルービックキューブの世界大会に女性がズラリと並ぶ未来が来るのかもしれない。